パリのセーヌ河岸・・・その3
オスマンが見通しのよい道路を建設させたのは、極度の不衛生状態を改善するためのほかに、七月革命でみられたように市民が狭い街路にバリケードを築いて政府に反逆するのを防ぐためでもありました。
こうしてパリは旧来の町並みを一新し、近代都市へと変貌を遂げました。
19世紀末~20世紀初頭、欧米は万国博覧会の時代を迎えた。
パリもまた例に漏れず、その都度エッフェル塔やグラン・パレなど斬新な建物が建造され、新しい町並みが出現しました。
第二次世界大戦後もルーヴル美術館のガラスのピラミッド、アラブ世界研究所などが次々と建設されました。
パリの町は現在も進化を続けているが、一方で歴史的景観を守るための厳しい規制もつくられました。
「フユゾー規制」は、あるポイントから見た人間の視野を妨げる建造物を建てることを禁止する条例で、セーヌ河岸など45の景観がこの対象になっています。